紀州漆器について

紀州漆器の起源

豊かに溶け込む、塗りの雅

時を越え、優美を愛でる蒔絵の世界

紀州漆器の歴史

 紀州漆器(黒江塗)は、和歌山県海南市の北西部「黒江地区」を中心に生産されています。会津塗(福島県)山中塗・輪島塗(石川県)などと共に全国三大産地の一つです。

漆器は、中国でおよそ4,000年前に食器として使われた記録があります。日本では、石器時代に矢じりの接着に漆が使われたものや、土器などに彩漆をほどこしたものなどが発見されています。

紀州漆器の歴史としては、室町時代紀州木地師によって渋地椀が作られたのが始まりだといわれています。これに加えて、現在の那賀郡岩出町にある根来寺で、僧侶達が寺用の膳・椀・盆・厨子などの什器を自ら作ったのも紀州漆器の起源の一つといえるものです。

根来寺に始まったこれら一連の塗物が、即ち「根来塗」といわれるものです。黒漆で下塗りをし、その上に朱塗を塗ったところ、未熟練の僧侶の手によったものであるため、使用中自然に表面の朱塗りが磨滅して下塗りの黒漆がところどころ露出しました。それがかえって趣あるものとして喜ばれたものです。

その後、秀吉が根来を攻めたさい、難を逃れた僧が、その技術・技法をもって海南市で漆工に従事したことから広まり、徳川中期頃は、紀州藩の保護のもとに相当盛大なものとなりました。

文政九年(1826)、小川屋長兵衛なる工人が堅地板物の製作に成功した安政時代には蒔絵による加飾がなされるようになり、長崎や神戸の外商に直売を開始しました。

このようにして発達してきた紀州漆器も明治維新の廃藩置県により紀州藩の保護を失い衰退するかに見えました。しかし、明治3年本格的な貿易を開始したことにより次第に回復し、明治12年他県産の沈金彫の技術を導入、また明治31年には京都より蒔絵師を招へいして蒔絵の改良を図りました。

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